2018年1月31日水曜日

最初の一歩

「大村、暇なら手伝え」の一言から、今週も火曜日から関与先の工事屋さんの手伝いに出ている。8時に始まり5時には終わる。規則正しく過ぎてうれしくなるし、仕事(作業)のことだけ考えていればいいので集中できる。

問題はその仕事だ。「ちょっと役所行ってくるから丁張かけとって」「他の現場行ってくるけん、法線出しといて」「……墨出ししといて」「……出来形測っといて」「写真とっとかなんばい」これが指示です。説明なし(笑
図面みればわかるんですけどね。

でもこれが結構楽しいんですよね。いろんなことが勉強になる。測量はほぼ2人一組での現場作業なのですが、工事はいろんな専門職があって大人数で仕事をする。これは楽しい。

わたしはどこに属している訳でもないので、社長に言われた仕事以外、体が空いてるときには、人手が足りていなさそうな作業を見つけて割り込んでいかなくてはいけません。当然経験のない作業ばかりなので兄ちゃん達に教えてもらいながら、失敗しながら、笑われながら。

現場には、派遣の人もいる、準社員みたいな人、おじいちゃん、いろんな人がいるんだよな。

公共工事が悪者扱いされていた時代があった。談合や贈収賄など、マスコミにロックオンされ日常茶飯事のように発覚し、無駄な公共事業、税金の無駄使いなどと言われていた最低の時代だっただ。コンクリートから人へとかね。

そんな時代から熊本では平成24年九州北部豪雨、平成28年熊本地震。連日連夜不眠不休で災害復旧に従事し、雇用の受け皿としても地域をサポートし続けています。

地場の建設コンサルタントに勤め、測量部門、設計部門を経て独立、工事屋さんで勉強させてもらって、施工部門でも面白さを見出している最中です。今年の目標は「ブログ365」来年は1級施工管理技士に挑戦しようかなという鬼も大笑いするお話でした。

月ベースでは、1/12 達成率8.3% ようやくひと月書き終えました。「あー飲みいきてぇー」

2018年1月30日火曜日

ワインとチーズ

なんにでもチースを入れればいいってもんじゃないと思うのだが。(チーズがきらいなわけじゃないんだよ)


最初の1,2コは美味しかったが残りが段々と辛くなる。チーズはチーズで別に食べたい派なのです。

そんなことを書いていると無性にワインが飲みたい、チーズが食いたいという衝動、多分チーズが導火線だ。これは3年に一度くらいの起こる衝動だ。こうなると連動してワインバー Bon moment が頭に浮かぶ。

カウンターに立つのはオーナーでソムリエの鶴田知佐さん。
わたしのワインの知識というと、赤と白の2種類があるってことと、知っているワインのはメルシャンワイン?とボジョレー?まっ、その程度。そんなわたしでも、お任せで勧められたワインを飲めば「あ、これウマ」と言えてしまう。そしてチーズを頼めば見たこともない斑なチーズや、嗅いだこともない匂いのチーズが出た来たりするが、こいつらも当然間違いない。

あー行きたくなった。ワインバー Bon moment 

2018年1月29日月曜日

反省は大事

ネットの中には、欲しい情報、都合のいい情報をすぐさま検索できる。半面、意に反する情報、不都合な情報も同じくである。

52歳初老の大脳新皮質に柔軟性はなく、すでに硬直しており、特定の外部要素しか受け付けないということをこの2日間のブログを書くということであらためて認識した。「批判的思考が止まらない」ってやつだった。

ブログを書き進めているとある一定のベクトルが定まってくる。その方向が昨日は「批判的」な方向に作用し続けた。途中立ち止まり批判ではなく同意できる部分を書こうとしても勢いづいている批判のベクトルはことごとくそれを跳ね除けていく。こうなってくるととりあえず終止符をうつしかなかった。

なぜこんな情態に陥るのかという疑問を解くのは意外とあっさりとだった。

ブログを書くわたしの目の前には誰もいないことに気付けば説明がつく。モニターにはわたしの思考から書き出された文字が繋がり、行を重ねていく、繋げ重ねていく材料はネットに転がっているので事欠ことなく思考は登りつめていく。
マスターベーションだったようだ(笑

そしてこんな言葉が頭に浮かぶ。

寺山修司の「書を捨てて町に出よう」である。さらに「書を捨てずに町に出よう」、ついでに「パソコンも捨てずに町に出よう」と浅草のオヤジは言う。

2018年1月28日日曜日

批判的思考が止まらない 熊本市議会議員 緒方夕佳 市議が乳児を連れ議場に入場した件

27日(土)熊本県民テレビの番組「現場発!私は、ママの議員です。〜子育てと政治参加のはざまで」放送を観た。

熊本市議会議員 緒方夕佳 市議が乳児を連れ議場に入場したことが事の発端のようだ。

想像してみよう。乳児連れで外食する際には事前に店へ電話で確認するのではないでしょうか。それで断られたら仕方ないことだと諦めるのが店に対して、またそこで食事をしている人たちに対する礼儀だ。

彼女のとった行動を例えれば、事前に店に相談しても断られたので、当日乳児を連れて店へ押しかけテーブルに着いた。そこへフロアー責任者が来て退店を促しても居座る。他の席で食事を楽しんでいる他の客はいい迷惑、挙句の果ては子供を店外に預け自分は食事を済ませ店を後にしたという状況だ。しかもその後、子供連れの客のために託児室を設け、ベビーシッターによる子供の世話を当然の店側の義務であるかのごとく要求しているというのが一連の行動だ。

彼女の目的は「女性議員として働くための環境整備への問題提起」だったのだろうが、彼女の問題解決の手法だと、自身が主張している市民の代弁者・代表者しての役目は果たせてはいない。市民の代弁者・代表者して変えていかなければ環境は山ほどあるのだが、今回彼女の行動は自身の立場・境遇を盾に駄々を捏ね我儘を通し、ある意味脅迫めいた訴えで得た一過性の狭義の「容認」でしかない。
この手続きを無視した手法は最終手段であったことは彼女も認めるところだろうが、最終手段は最終手段であり他の事案のケーススタディには成り得ない。運営と協議を尽くし成し得た成果でもなく、ましてや議会で議論され他のケースにも運用可能な制度として制定されたわけでもない。そいいう意味で一過性の狭義の「容認」でしかないのだ。根本は何も変わっていない。

援助を必要としながらもシングルマザーのお母さん達は自ら問題を解決し職を探し、日々子供の突発的な病気の不安と背中合わせで周囲の協力を得ながら就業している。早退や欠勤が続けば職場への気まずさも募るだろう。何かを得るには何かを犠牲にせざるおえない覚悟を余儀なくされる場面に幾度となく遭遇しながらも生活の糧をみいだしていかなければならないのだろう。彼女たちが望んでいることは、職場に子供と同伴することではなく、安心して子供を預けて仕事ができる環境、子供の病気等で会社を早退や休みが気兼ねなく取れる環境の整備だと思います。



※今回の放送とこの動画は異なりますが、概要は分かると思います。

彼女の行動に対して批判的な文面に終始したが、議場施設内に託児施設として一部屋または部屋の一部を開放してもらうことがこんなにも大袈裟な展開にしなければいけなかったことのだろうか。事実この出来事後はちゃんと託児所書もシッターも希望通りの結果になっているということは、アプローチの仕方がお粗末だったとしか言いようがない。

批判的な文章が次から次へと止まらない。このあたりでやめておきます。

2018年1月27日土曜日

備忘録

グローバル化の問題

グローバル化とは人物金の流れが国境を超える。
経済活動が経済圏で自由になる。
国家主権では制御できなくなる。
民主国家での国家主権とは何か
国民主権である
すなわち民主主義
民主主義の限界
グローバリゼーションは民主主義的ではない反民主主義的
民主主義国家 アメリカ イギリス フランス グローバリズムか反グローバリズムか国内政治の混乱

グローバリズム国境を越え世界的な競争を激化する(弱肉強食)

弱い産業(中小企業)は衰退

グローバル経済は労働賃金が安い方が強い

先進国にも賃金が下がるという圧力がかかる

中小企業が潰れる、賃金が下がる→貧乏になる→景気悪化→較差が開く→安い労働力の流入(移民)→異文化のコミュニティーが形成される→治安の悪化

経済の悪化 治安の悪化  政治の悪化

グローバル経済により突出した経済発展を遂げる国の出現

地政学的に不安定

地球温暖化とTTPには今でも懐疑的です。世界的潮流には流れを起こして得する人達がいる。得をする人がいれば貧乏くじを引く人もいる。その弊害だ格差社会だとおもうし、子供の貧困だとおもう。
近年の株価上昇で企業の内部留保2倍、株主配当は5倍に増える一方、給与所得は横ばい。

グローバル化の波が押し寄せ早20年、その結果が今の日本である。
地球温暖化が原因だと言い張る世界的寒波、夜の街にも寒波は吹き荒れる。

地産地消という言葉が好きです。お裾分けは身近な地産地消。繋がりがあり、笑顔があり、季節があり、おいしさがある。すっぱかったり、苦かったり、あまかったり。それは慎ましいってやつかもしれません。原風景です。

Facebookには蕗の薹が顔を出していました。大寒も過ぎ春はすぐそこ。もう一息。

2018年1月26日金曜日

赤い文字はダメ!なの?

「赤字」経理上この熟語を好きな人はいないだろうと思うんですが、それだけではなく日常目にするもので赤い文字で書かれた文字には違和感を感じるはわたしだけなのでしょうか。

赤い文字で書いたことを最初に指摘されたのは爺ちゃんだっつた。中学生の時「今日は遅くなるから晩御飯はいらない」と何気なく手近にあった赤鉛筆で婆ちゃん宛てのメモ書きを残して家を出たのはいいが、翌朝朝ごはんの時に爺ちゃんから「字は赤で書くな、縁起でもない」と言われた。
30代の頃、デイトレをやっていた時にも「トレーダは赤いモノを嫌うので、赤い文字で書かれた文字なんかは厳禁なんですよと」と証券会社の人から雑談で聞いたことがある。

そんなことがトラウマなのか、今でも赤い文字に違和感を覚えるのです。この違和感は一度検証しなくてはいけないな。

そんな時には ok google.

明確に「赤い文字はダメ」って記事は見つかりませんでしたが、赤文字と黒文字とでは生理的・心理的な意味合いが異なること、赤いモノは異常、危険などを知らせる社会心理学的な意味合い、あとは社会慣習上のというのが検索結果だった。
戦争体験のある方に関しては赤い文字ではないものの「赤紙」を連想するなどという記事もありました。

東京都公文規程施行細目によると、公文書作成に用いる用紙、公文の表記手段等として
表記手段
原則として、黒色、赤色若しくは青色のインクを用いてのペン若しくはボールペンによる手書き、パーソナルコンピュータによる印字、印刷又は複写とする。

となっている。

結果、赤い文字で書くことは特に問題はないが、日本では社会慣習上、何かしらの意味合いを込めて赤文字で書く以外は、安易に使わない方がよいと理解した。

常識なんてやつに翻弄されないためにも、自分なりに常識を検証してみないとね。

2018年1月25日木曜日

10000PV

2016/02/01 このブログはこの写真から始まった。


非公開の個人的な日記ではなく web log ブログを書いている以上、書いたものを誰かに見てもらいたいという気持ちがあるわけで、だからわざわざSNS等で「ブログ更新しました」なんてアナウンスをしてたりしているのです。

たいしたことも書いていないのに”ねぇ、みてみて”的なものには、他人様の時間を無駄に拝借してしまうのではないかという後ろめたさもあり、裏腹にはなりますが誰かが見てくれているということはこの上ない励みにもなるのです。
インスタの”いいね”と同じ構造なのでしょうね(インスタやってませんが)

わたしが使っているブログシステムは日本ではマイナーなgoogleのBloggerです。理由は広告が一切載らないこと、この一点でだけで決めました。
そしてこのBloggerにもアクセス解析のような機能が備わっています。

2016/02/01から使い始めたこのブログの全期間ページビュー歴が今朝10000を超えていました。アクセスの多い少ないは別として、これってちょっとばかしうれしいんですよね。そしてこれを励みに明日も書きます。365/365を目指して。