2018年12月1日土曜日

写真機

カメラを持って街に出よう。
お手軽じゃないけれども、心地よい重さが必要な時もある。

2018年11月22日木曜日

財布と追突と一旦停止

財布はなくすは、車には追突するわで最近はいいことなし(笑

実を言うとひと月前位にコンビニのトイレに財布を置き忘れてしまったのだが、このときは無事に戻ってきました。今回は警察に届けてはいるものの連絡なし。中途半端に多めのお金を入れていたので届け出はないだろうと思っていたが悪い予感は的中するものですね。

そして後日の事故。信号停止で止まった車に後ろから追突。財布は自分の不注意なので仕方ないとしても交通事故は運転していた人に大変なご迷惑をかけてしまい仕方ないではすみませんね。

本当にご迷惑をおかけいたしました。 m(__)m


追突した際にリアガラスが割れバンパーは凹んでしまった。

多分ではあるが、昔のわたしならうまく車をかわして何事もなく済んでいたのだろうが、50歳を超えて反射神経が鈍っているのだろう、かわしきれなかった。このことがなにより一番のショック。
最近何をやるにもワンテンポのずれを感じています。反射神経で対処していたことが、一度脳を介して行動を起してしまうという感じのズレです。歳には勝てないとはまさにこのことですね。

後続車の人が連絡を入れてくれたようで、事故後しばらくすると救急車とパトカーがやってきた。救急隊員の人が手際よくストレッチャー?を下ろしてわたしの前にやってきた。

隊員さん:「痛いところ有りませんか」

わたし:「???」

隊員さん:「どこを打たれましたか」

わたし:「???」

隊員さん:「脈を測りますね」

わたし:「???」

隊員さん:「病院に運びますね」

わたし:「何処も怪我してないんですけど」

隊員さん:「???」
隊員さん:「病院に行きましょう、病院に行って診てもらいましょう」

わたし:「多分擦り傷ひとつ無いと思うんですけど」

隊員さん:「???」

そして隊員さんからズボンや上着をめくられ体のあちこちを触診されたが、これと言った痛みもなく外傷もなかった。

これでやっと病院行きは諦めてくれました。それでも「車の破損状況から見て頭を打っている可能性が高いので数時間後、数日後に何か体に異変があったらすぐに連絡をください」とのことだった。しかもご丁寧に、わたしが一人暮らしということで明日の朝に無事かどうか念のために確認の電話をくださるとのことになり、もしもわたしが電話に出なかった場合には自宅に救急車を向かわせるとのこと、さすがに徹底しているなと感心しました。

予想通りではありますがその後もなんの痛みや異変もなく今に至っており、事故処理も示談で片付き一件落着。

今回は追突した相手の方がいい人で良かった。示談のすんなり格安でまとまりました。

「転んでもタダでは起き上がらない」という言葉があるように追突して転んだらタダでは起き上がれませんでした。

意味が違うか。

その後、ゴールド目前にして一旦停止で反則切符を切られました。短期間の間に財布で警察、事故で警察、違反で警察。

以上、警察三昧の近況でした。

PS
今日携帯失くしました。(笑

2018年8月18日土曜日

健軍商店街メインストリートに新しい店がオープンしていた。「煮込み屋 馬っ! 」

熊本でホルモン煮込みと言えばやはり馬の臓物となるわけで、そんな馬ホルモンの煮込みをメインとした煮込み屋が今年5月にオープンしていた。


この店で飯を食うのは今日で3度目である。毎回ホルモン定食を注文するのだが、御飯と煮込み味噌タレの相性が良すぎて、毎度御飯の量が足りなくなっていたので今日は最初の注文時に御飯を大盛にしてもらった。ご飯との相性がいいのは男飯の絶対条件である。


一味との相性も抜群。当然一味をふらないでもイケルのでお好み次第ということだがこの時期はついついフリフリに拍車がかる。


ホルモンは肉厚である。口の中に運ぶと最初に弾力を感じるが一旦ホルモンに歯を入れると最初に感じた弾力が嘘のように消え、口の中に馴染みはじめると同時に味噌の甘さとは別な甘さが広がってくる。馬ホルモン独特のやさしい甘さだ。旨い。大盛の御飯はみるみる内に胃袋に消えていく。

箸はは止まらづ御飯をさらに追加。


行儀は悪いが三口ほどご飯を残し〆用にご飯にホルモンをぶっかける。やっぱ〆はこれなのだ。最強です。腹一杯です。

煮込み屋  馬っ! 
昼 11:00~15:00
夜 18:00~

定休日 毎週月曜日

2018年8月17日金曜日

赤トンボの群れ


前略 生きています(笑
6月5日以来途絶えているブログですが最近無性に書きたくなりました。

何か特別に書きたいテーマがあるわけではないのですが、こうやってモニターに向かいキーボードを叩くに至るまでに、気分がちょっとだけ上を向いてきました。
これは良い傾向です。そう思っています。

久しぶりにFacebookをのぞいてみました。たくさんスクロールして過去にさかのぼってみると、知り合いの投稿に懐かしさのようなものをおぼえたりもしました。

そんなスクロール中に見つけた酒場ライブ等の開催告知、久々に出かけてみようかなと思う暑さ和らぐ夏の折り返しな今日なのでした。

2018年6月5日火曜日

懐古趣味と質実剛健

ここ2月余り、慣れない環境でのプレッシャーのなかでの作業だったので体が多少ダメージを受けているのだろうと思う。

丁度良い、今日と明日は雨なのでこの2日間はゆっくりと体を休めることにした。腰痛の養生にもいいだろう。

養生というからには家でまったりと過ごすわけなのだが、とくにやることもなくこうやってブログに向かっているがネタを探しているうちに釣りチャンネルをやっているyoutubeに出くわした。

堤防や漁港をメインに五目釣りをするチャンネルでマニアックな感はなく釣りを楽しんでいる感じがほのぼのとしていて見入るってしまった。

思い起こせばわたしの釣り歴は小学生まで遡る。40年も前の話にはなるが当時ルアーフィッシングの出端で安いリールとロッドで近所の川で雷魚やナマズを釣っていた。

当時から凝性だったわたしは釣具屋に通いカタログを集め高嶺の花であったリールとロッドを暇さえあれば眺めていた記憶があるが、メーカーのトップモデルが小学生に買えるわけもなく、中学になると部活に忙しくなり釣りのことなど全く消え去っていた。

そんなことを思い出していると、当時のリールとロッドもことを知りたくなり検索をしてみたらそれらしきものを見つけた。Daiwa ss600 当時欲しかったモノは多分このリールだと思うと懐かしいものだ。

もともとわたしは「昔はよかった」というような懐古主義的な嫌いがあるが、どちらかというと懐古趣味的なものだと思っている。

腕時計が手巻きから自動巻きに変わり、一時クォーツ時計が市場を席捲し、そして今や電波時計の時代であり、正確な時間を共有する技術は高いレベルに到達していると思うが、そんな現在に至っても、クォーツ時代前の構造を持つ腕時計が人気を博している。

モーターサイクルの世界も同じだ。燃焼機関という構造が長い間成熟されてきたが、近年HB車PHV車などの技術革新もあり時代の流れが後戻りしないのは明確ではあるが、それでも私が10代後半に全盛を誇ったCBX400Fなどは中古市場で200万以上の高値を付けている。

思えば、時計にしろ車やバイクにしろ基本的構造及び性能は数十年前に完成せれているものであり、その完成されたモノを更に研ぎ澄ませてきた結果がmade in Japan のブランドを確固たるものに仕立て上げたのだろう。
made in Japan確立の過程は世界レベルへの挑戦であったはずである。そして世の男達はこの挑戦への過程に想い憧れ大枚を叩く。この構図が一種のプレミアム市場・懐古市場なのだろうとおもいます。

そんなニッチなプレミアム市場・懐古市場とは裏腹に世界で最も売れている車はトヨタ カローラ オートバイはホンダ スーパーカブなわけで、時代はどう変わろうと質実剛健、Simple is Best はかわらないようだ。


2018年6月4日月曜日

腰痛

朝、仕事中に左臀部より拳ひとつくらい上の箇所がピリピリと嫌な痛みが走り出した。ある一定の稼働域に達したら痛みが走り、50肩の時に経験した痛みとよく似ているような気がする。

これが腰痛というものなのか? だとすれば人生初の腰痛デビューである。

わたしの周りには腰痛持ちの知り合いがたくさんいる。ぎっくり腰やら、なんだかんだとみんな腰が痛いと言っていたのだが、腰痛を経験したことのないわたしにはその苦痛がどんなものなのか理解できないでいたが、これでやっと仲間入りである。

この歳まで何の不都合もなく病気ひとつせずに生きて来れたのが不思議なくらいなので、そろそろ何か起こるだろうなという覚悟していた矢先のことだ。

この痛みが短期的なものなのか慢性的なものになるのかわからないが2、3日様子をみようと思う。

2018年6月3日日曜日

ふわふわと淡い色を灯しては消し、消しては灯す蛍を今年は観ることができた。

4、5歳の頃だろうか、親戚の家に遊びに行くと何の変哲もない素掘りの用水路に沿うように延々と蛍の乱舞が観ながら歩いた記憶がある。
ただ歩いていたばかりではない。虫篭と網を持って蛍を取り放題の情態。今の時代蛍は鑑賞する対象だが、わたしがガキの頃は蛍なんて蝉や他の昆虫と同じで狩りの対象でしかなく、捕まえてくれと言わんばかりに光っている蛍を捕まえるのは余りにも容易く、狩るという遊びそのものにワクワク感はなく、すぐに飽きてしまっていた。
それでも虫篭いっぱいに捕獲した蛍を家に持ち帰り、部屋の灯りを消し虫篭から蛍を放して今度は家の中で狩り再開である。毎回のことではあるが、これはさすがに怒られ、蛍を逃がしてあげるようにと親戚のおばさんに言われるのだ。これで蛍の楽しみ方「子供の部」は終了であり、ここから「大人の部」が始まる。
庭に放つように言われた蛍を観ながら大人達は酒を飲んでいた。「子供はさっさと寝ろ」といわれ、渋々布団に追いやれていたという思い出がある。

子供は蛍を狩り、大人はその蛍を肴に酒を飲む。今の世の中こんなことをしたら「蛍が可哀想」と叩きの対象でしかないのでしょうが、蛍にとっても悪いことばかりではなかったのではないかと今にして思うのです。

蛍の飛行能力は高い方ではないので、行動範囲としては数百メートル程度でしょう。そこを人間の力を借りて飛躍的に移動距離を稼ぎ、新たな生息域「新天地」を見出せるかもしれないという人間様の屁理屈も今の世の中酒の肴にもなりませんね。

そんなことを考えながら暫し蛍の求愛を眺めていました。